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計量経済学メモ:VAR・識別の基礎 その2

・本稿の内容

前回は2変量VARを例にコレスキー分解を用いた識別制約を確認しました。
本稿では2変量をn変量に一般化して識別に必要な制約条件の個数を再度確認し、*1コレスキー分解以外の識別制約に関して簡単に触れます。

・本文

Ⅰ:識別制約の個数

以下のn変量、1次の構造VARモデルを考える。




\begin{pmatrix}
1 & b_{12}&\cdots&b_{1n}\\
b_{21}& 1&\cdots&b_{2n}\\
\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\
b_{n1}&b_{n2}&\cdots&1\\
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
x_{1t}\\
x_{2t}\\
\vdots\\
x_{nt}\\
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
b_{10}\\
b_{20}\\
\vdots\\
x_{n0}\\
\end{pmatrix}
+
\begin{pmatrix}
\gamma_{11} & \gamma_{12}&\cdots&\gamma_{1n}\\
\gamma_{21}& \gamma_{22}&\cdots&\gamma_{2n}\\
\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\
\gamma_{n1}&\gamma_{n2}&\cdots&\gamma_{nn}\\
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
x_{1t-1}\\
x_{2t-1}\\
\vdots\\
x_{nt-1}\\
\end{pmatrix}
+
\begin{pmatrix}
\varepsilon_{1t}\\
\varepsilon_{2t}\\
\vdots\\
\varepsilon_{nt}\\
\end{pmatrix}

ここで、



B=\begin{pmatrix}
1 & b_{12}&\cdots&b_{1n}\\
b_{21}& 1&\cdots&b_{2n}\\
\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\
b_{n1}&b_{n2}&\cdots&1\\
\end{pmatrix},
x_t=\begin{pmatrix}
x_{1t}\\
x_{2t}\\
\vdots\\
x_{nt}\\
\end{pmatrix},
\Gamma_0=\begin{pmatrix}
b_{10}\\
b_{20}\\
\vdots\\
x_{n0}\\
\end{pmatrix},
\Gamma_1=\begin{pmatrix}
\gamma_{11} & \gamma_{12}&\cdots&\gamma_{1n}\\
\gamma_{21}& \gamma_{22}&\cdots&\gamma_{2n}\\
\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\
\gamma_{n1}&\gamma_{n2}&\cdots&\gamma_{nn}\\
\end{pmatrix},
x_{t-1}=\begin{pmatrix}
x_{1t-1}\\
x_{2t-1}\\
\vdots\\
x_{nt-1}\\
\end{pmatrix},
\varepsilon_t=\begin{pmatrix}
\varepsilon_{1t}\\
\varepsilon_{2t}\\
\vdots\\
\varepsilon_{nt}\\
\end{pmatrix}

とおくと、



Bx_t=\Gamma_0 + \Gamma_1 x_{t-1}+\varepsilon_t ・・・①

と書ける。

両辺にB^{-1}を左からかけると、



x_t=A_0 +A_1 x_{t-1}+e_t ・・・②


ただし、A_0 = B^{-1}\Gamma_0, A_1=B^{-1}\Gamma_1, e_t=B^{-1}\varepsilon_t である。

①式(構造VARモデル)の撹乱項と②式(誘導VARモデル)の撹乱項の分散共分散行列を確認していく。

①式の撹乱項の分散共分散行列は



\begin{eqnarray}
V(\varepsilon_t)&=&E(\varepsilon_t\varepsilon_t^{'})\\&=&\Sigma_\varepsilon\\
&=&\begin{pmatrix}
\sigma_{11}^{\varepsilon}& 0&\cdots&0\\
0& \sigma_{22}^{\varepsilon}&\cdots&0\\
\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\
0&0&\cdots&\sigma_{nn}^{\varepsilon}\\
\end{pmatrix}
\end{eqnarray}

\sigmaの肩についている\varepsilonは累乗ではなく、「構造VARモデルの」という意味。

②式の撹乱項の分散共分散行列は



\begin{eqnarray}
V(e_t)&=&E(e_te_t^{'})\\&=&\Sigma\\
&=&\begin{pmatrix}
\sigma_{11}& \sigma_{12}&\cdots&\sigma_{1n}\\
\sigma_{21}& \sigma_{22}&\cdots&\sigma_{2n}\\
\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\
\sigma_{n1}&\sigma_{n2}&\cdots&\sigma_{nn}\\
\end{pmatrix}
\end{eqnarray}

ここで、e_t=B^{-1}\varepsilon_tを利用すると、①式の撹乱項の分散共分散行列は



E(e_te_t^{'})=E(B^{-1}\varepsilon_t\varepsilon_t^{'}(B^{-1})^{'})=B^{-1}E(\varepsilon_t\varepsilon_t^{'})(B^{-1})^{'} ・・・③

③式に\Sigma,\Sigma_\varepsilonを代入する。



\begin{pmatrix}
\sigma_{11}& \sigma_{12}&\cdots&\sigma_{1n}\\
\sigma_{21}& \sigma_{22}&\cdots&\sigma_{2n}\\
\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\
\sigma_{n1}&\sigma_{n2}&\cdots&\sigma_{nn}\\
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
1 & b_{12}&\cdots&b_{1n}\\
b_{21}& 1&\cdots&b_{2n}\\
\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\
b_{n1}&b_{n2}&\cdots&1\\
\end{pmatrix}^{-1}

\begin{pmatrix}
\sigma_{11}^{\varepsilon}& 0&\cdots&0\\
0& \sigma_{22}^{\varepsilon}&\cdots&0\\
\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\
0&0&\cdots&\sigma_{nn}^{\varepsilon}\\
\end{pmatrix}

\left[
\begin{pmatrix}
1 & b_{12}&\cdots&b_{1n}\\
b_{21}& 1&\cdots&b_{2n}\\
\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\
b_{n1}&b_{n2}&\cdots&1\\
\end{pmatrix}^{-1}
\right]^{'}

\Sigmaは対称行列であることに注意すると、\Sigmaの推定パラメータの数は\dfrac{n^{2}+n}{2}個である。
Bの対角成分がすべて1であることに注意すると、Bの未知パラメータ数はn^{2}-n個である。
\Sigma_\varepsilonは対角行列であることに注意すると、\Sigma_\varepsilonの未知パラメータ数はn個である。
よって構造ショックを識別するためには、(n^{2}-n)+n-\dfrac{n^{2}+n}{2}=\dfrac{n^{2}-n}{2}個の制約をB^{-1}に追加する必要がある。

Ⅱ:識別制約の種類

宮尾(2006)は代表的な識別制約として、
①リカーシブな短期制約
②非リカーシブな短期制約
③長期制約
の3つを挙げている。
ここでの「短期」とは変数間の同時点の関係に関する制約のことを指し、
「長期」とは構造ショックの累積的な効果に関する制約のことを指している。

Ⅱ-1:リカーシブな短期制約

リカーシブな短期制約を見ていく。*2

具体的にBを4×4行列とし、前回と同様に対角成分より上の成分をすべて0とする。



B=\begin{pmatrix}
1 & 0&0&0\\
b_{21}& 1&0&0\\
b_{31}&b_{32}&1&0\\
b_{41}&b_{42}&b_{43}&1\\
\end{pmatrix}

さらにx_t



x_t=
\begin{pmatrix}
x_{1t}\\
x_{2t}\\
x_{3t}\\
x_{4t}\\
\end{pmatrix}

とする。

Bの見方は以下のとおりである。
①対角成分(i,i)から見て方向は,x_ti番目の変数が影響を受ける方向を表す
②対角成分(i,i)から見て方向は,x_ti番目の変数が影響を与える方向を表す

例えば、
Bの1行目に着目すると変数x_{1t}は変数x_{2t},x_{3t},x_{4t}から影響を受けないこと、
Bの1列目に着目すると変数x_{1t}は変数x_{2t},x_{3t},x_{4t}に影響を与えることがわかる。

Bの2行目に着目すると変数x_{2t}は変数x_{1t}から影響を受け、変数x_{3t},x_{4t}から影響を受けないこと、
Bの2列目に着目すると変数x_{2t}は変数x_{3t},x_{4t}に影響を与え、変数x_{1t}に影響を与えないことがわかる。

つまり、Bの対角成分より上の成分をすべて0とする制約をかけることは、
x_tの成分が外生性の高い順に並んでいると仮定していることを意味する。

それぞれの変数が影響を与える順番は以下のような流れになる。



x_1→x_2→x_3→x_4

※→は同時点の変数が影響を与える方向を示している。

x_tが4×1行列の場合、変数の並べ方は4!=24通り存在する。
並べ方によってインパルス応答や分散分解の結果が異なってくるため、
変数の順序付けは重要である。

Ⅱ-2:非リカーシブな短期制約

次に非リカーシブな短期制約を見ていく。
非リカーシブな短期制約では①のリカーシブな短期制約とは異なり、
Bを下三角にするような制約をかける必要はなく、経済理論や制度的特徴をもとにして
ゼロ制約を課していく。

以下では安井(2018)を例に非リカーシブな短期制約を見ていく。
安井(2018)はインフレ率の変動要因を分析するために
6つの変数(賃金、コモディティ価格、GDPギャップ、貸出金利、インフレ率、予想インフレ率)を用いて構造VARモデルを推定している。
識別制約として、以下のような非リカーシブな短期制約を用いている。*3



e_t=
\begin{pmatrix}
\begin{align*}
&e_{賃金,t}\\
&e_{コモディティ価格,t}\\
&e_{GDPギャップ,t}\\
&e_{貸出金利,t}\\
&e_{インフレ率,t}\\
&e_{予想インフレ率,t}\\
\end{align*}
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
1 & 0&0&0&0&0\\
b_{21}& 1&0&0&0&0\\
b_{31}&b_{32}&1&0&0&0\\
b_{41}&0&b_{43}&1&b_{45}&b_{46}\\
b_{51}&0&b_{53}&0&1&b_{56}\\
b_{61}&b_{61}&b_{63}&b_{64}&b_{65}&1\\
\end{pmatrix}^{-1}

\begin{pmatrix}

&\varepsilon_{賃金,t}\\
&\varepsilon_{コモディティ価格,t}\\
&\varepsilon_{GDPギャップ,t}\\
&\varepsilon_{貸出金利,t}\\
&\varepsilon_{インフレ率,t}\\
&\varepsilon_{予想インフレ率,t}\\

\end{pmatrix}
=B^{-1}\varepsilon_t

6つの構造ショックを識別する必要があるため、\dfrac{6^{2}-6}{2}=15個のゼロ制約を課す必要がある。
上式ではBに15個のゼロ制約が課されているため、丁度識別されている。

Bのゼロ制約の意味を確認していく。
Ⅱ-1のリカーシブな短期制約の場合と同様に、
1.ある変数がどの変数から影響を受けるか
2.ある変数がどの変数に影響を与えるか
を見ていく。

Bを行方向に見ていくことで、「ある変数がどの変数から影響を受けるか」を以下のようにまとめることができる。

表1:ある変数がどの変数から影響を受けるか

安井(2018)は貸出金利が賃金、GDPギャップ、貸出金利、インフレ率のショックの影響を受けると
仮定した理由として、GDPギャップとインフレ率に対応して政策金利設定を行うという、中央銀行金利設定ルールであるテイラー・ルールを企図したことを挙げている。
貸出金利コモディティ価格のショックの影響を受けないと仮定した理由としては、最適な金融政策の枠組みでは、コモディティ価格のような伸縮的な物価変動ではなく、粘着的な物価変動を安定化させることが中央銀行の望ましい目標であることを挙げている。
他の変数に関しては安井(2018)を参照。

Bを列方向に見ていくことで、「ある変数がどの変数に影響を与えるか」を以下のようにまとめることができる。

表2:ある変数がどの変数に影響を与えるか

※安井(2018)では丁度識別になるように制約を課したが、分析者が想定する経済理論や制度的特徴によっては\dfrac{n^{2}-n}{2}個よりも多い制約を課す場合(過剰識別)もある。その場合は最尤法やGMMを用いて推定を行う。*4

Ⅱ-3:長期制約

③長期制約を見ていく。
長期制約は構造ショックの累積的な効果が長期的に0となるような制約である。
金融政策による貨幣供給量の変動はGDPなどの実物変数に影響を与えないという「貨幣の(長期の)中立性」を考える場合などに長期制約を用いることが望ましい。

以下の2変数誘導VARモデルを考える。



x_{1t}=a_{10} +a_{11} x_{1t-1}+a_{12} x_{2t-1}+e_{1t}\\
x_{2t}=a_{20} +a_{21} x_{1t-1}+a_{22} x_{2t-1}+e_{2t}

上記の誘導VARモデルを以下のように構造ショック\varepsilon_{i}VMA表現に書き直す。



x_{1t}=\sum\limits_{k=0}^\infty c_{11}(k)\varepsilon_{1t-k} + \sum\limits_{k=0}^\infty c_{12}(k)\varepsilon_{2t-k}\\
x_{2t}=\sum\limits_{k=0}^\infty c_{21}(k)\varepsilon_{1t-k} + \sum\limits_{k=0}^\infty c_{22}(k)\varepsilon_{2t-k}

ここで、e_{1t}



e_{1t} = c_{11}(0)\varepsilon_{1t} + c_{12}(0)\varepsilon_{2t}
e_{2t}



e_{2t} = c_{21}(0)\varepsilon_{1t} + c_{22}(0)\varepsilon_{2t}

である。

c_{ij}(0)の値が既知であれば、e_{1t},e_{2t}から\varepsilon_{1t},\varepsilon_{2t}を識別することができる。
推定したe_{1t},e_{2t}からV(e_{1t}),V(e_{2t}),Cov(e_{1t},e_{2t})を求めることができるため、あと1つ制約条件を追加する必要がある。ここで\varepsilon_{1t}が長期的にx_{1t}に影響を与えない(累積効果が0)という長期制約\sum\limits_{k=0}^\infty c_{11}(k)=0を制約条件に追加する。
この制約式を変換すると*5



(1-a_{22})c_{11}(0)+a_{12}c_{21}(0)=0

となる。

この式を制約条件に追加することで方程式の数(4本)と未知数の数(c_{11}(0),c_{12}(0),c_{21}(0),c_{22}(0)の4個)が一致し、識別が可能となる。



・参考文献
安達誠司・飯田泰之編著(2018)『デフレと戦うー金融政策の有効性 レジーム転換の実証分析』日本経済新聞出版社
西山慶彦・新谷元嗣・川口大司・奥井亮 (2019)『計量経済学』有斐閣
宮尾龍蔵(2006)『マクロ金融政策の時系列分析 政策効果の理論と検証』日本経済新聞出版社
村尾博 (2019)『Rで学ぶVAR実証分析』オーム社
安井洋輔(2018)『インフレ目標実現のための課題―継続的な春闘賃上げ3%で 2021 年中のインフレ2%が視野に― 』日本総研リサーチ・フォーカス(2018年3月1日)
ウォルター・エンダース著,新谷元嗣・薮友良訳 (2019)『実証のための計量時系列分析』有斐閣

*1:本稿の内容とラグ次数は直接関係ないので、表記簡略化のために前回と同じくラグの次数は1次とします。

*2:前回のコレスキー分解のことです。

*3:安達・飯田編(2018)には安井(2018)をもとにしたと思われる増島・安井・福田(2018)が掲載されています。そこでは賃金を抜いた5変数の構造VARを推定し、識別制約としてリカーシブな短期制約を用いています。

*4:その際の注意点は宮尾(2006)の第2章を参照してください。

*5:計算過程は西山ほか[2019]P622を参照。気が向いたときに途中計算をちゃんと書く予定です。多分・・・