1.本稿の内容
政府の予算制約式から債務残高対GDP比の差分方程式を導出し、パラメータの値で場合分けをして安定性(本稿では債務残高対GDP比が収束する場合は「時間経路が安定的」、発散する場合は「時間経路が不安定的」とよぶことにします。)を確認します。Pythonを用いて簡単なシミュレーションも行います。
2.本文
Ⅰ.債務残高対GDP比の差分方程式の導出
政府の予算制約式は以下のように書ける。
は期末の債務残高,
はt期の金利,
はt期の基礎的財政収支赤字。
両辺を期のGDPで割る。
期から期にかけての経済成長率を
と表し、式を整理すると、
となる。①式は1次の差分方程式である。*1
Ⅲ.安定性の確認
成長率と金利に関して、
(1)
(2)
(3)
の3パターンに分類して、のときの②式のを求めて安定性を確認する。
(1)のとき
であるから、のとき、②式のはに収束する。よって、
となり、はの値に関わらず収束し、時間経路は安定的である。*3
次に①式(は定数とする)を用いて、位相図を描く方法で、の安定性を確認する。の場合を考える。
図1 債務残高対GDP比の位相図
①式はで45度線と交わる。ある期において、がにあるとすると、次期はになり、さらにその次期はとなり、へ収束していく。ある期において、がにあるとすると、次期はになり、さらにその次期はとなり、へ収束していく。
他のパターンでも同様の方法で位相図を描くことができる。以下では位相図は省略する。
(2)のとき
(2)-Ⅰ:のとき
となるから、はに発散し、時間経路は不安定的である。
(2)-Ⅱ:のとき
となるから、はに収束し、時間経路は安定的である。
(2)-Ⅲ:のとき
となるから、はに発散し、時間経路は不安定的である。
(3)のとき
であるから、のとき、②式のはに発散する。よって、との大小関係でのときのの値が決まる。
(3)-Ⅰ:のとき
となるから、はに発散し、時間経路は不安定的である。
(3)-Ⅱ:のとき
となるから、はに収束し、時間経路は安定的である。
(3)-Ⅲ:のとき
となるから、はに発散し、時間経路は不安定的である。
Ⅳ.サンプルコード
成長率>金利かつ基礎的財政収支赤字のパターンを例にシミュレーションをしてみる。*4Ⅲで確認したように、成長率>金利の場合は基礎的財政収支対GDP比の値に関わらず債務残高対GDP比は収束し、時間経路は安定的となる。サンプルコードでは一例として
債務残高対GDP比の初期値を200%,
金利を1%,
成長率を2%,
基礎的財政収支赤字対GDP比を3%
とおいた。
#Pythonサンプルコード import matplotlib.pyplot as plt #パラメータ y_0=2 #債務残高対GDP比の初期値 r=0.01 #金利 g=0.02 #成長率 pb=0.03 #基礎的財政収支赤字対GDP比 a=(1+r)/(1+g) b=pb #差分方程式(金利>成長率or金利<成長率の場合) def difeq1(t): return a**t*(y_0-(b/(1-a)))+b/(1-a) #差分方程式(金利=成長率の場合) def difeq2(t): return y_0+t*b x=[] y=[] if r==g:#金利=成長率の場合 for i in range(0,1000): x.append(i) y.append(difeq2(i)*100) else:#金利>成長率or金利<成長率の場合 for i in range(0,1000): x.append(i) y.append(difeq1(i)*100) #グラフ描画 plt.plot(x,y) plt.ylabel("債務残高対GDP比(%)", fontname="MS Gothic") plt.xlabel("時間", fontname="MS Gothic") plt.title("成長率>金利,PB赤字の場合",fontname="MS Gothic")
・実行結果
実行結果から、成長率>金利かつ基礎的財政収支赤字の場合は債務残高対GDP比が収束(サンプルコードの数値例では約306%)し、時間経路は安定的であることが分かる。
Ⅴ:参考文献
赤井伸郎編著 (2017)『実践 財政学ー基礎・理論・政策を学ぶ』有斐閣
門川和男 (2018)『よくわかる経済数学 入門講義 <下巻> 動学分析編』学術研究出版
西村幸浩(2013)『財政学入門』新世社
オリヴィエ・ブランシャール,田代毅訳(2023)『21世紀の財政政策』日本経済新聞出版
*1:連続時間で考えても同様の式が導出できます。
を時間の関数と考え(つまり、※表記簡略化のため以下ではは省略します。)、
を時間で微分する。
*2:詳細は門川(2018)の第21章を参照してください。
*3:の場合ははマイナスの値に収束することになります。債務残高の値がマイナスってどういうこと?と思われるかもしれませんが、これは債務を完済し、さらに純資産を蓄積している状況と捉えてください。
*4:ここでの数値例はブランシャール著,田代訳[2023]のP100~101に掲載されているものと同じです。